2019年 学会誌 第107号
会誌「放射線化学」(ISSN 2188-0115)
■2019 No.107 [PDFファイル・全ページ(6.9 MB)]
巻頭言
「楽しさを伝える私的放射線化学についての雑感」 高橋 憲司(金沢大学理工研究域) [PDFファイル]
特集(EUV後半)
「電子線を用いたEUVレジスト感度予測法の研究」
保坂 勇志,大山 智子(量研高崎) [PDFファイル]
EUVリソグラフィによる半導体素子の量産が間近に迫っているが,EUVレジスト材料の性能は未だ不十分であり放射線化学の理解に基づいた研究開発が求められている.ところがEUV描画装置は非常に高価で世界的にも台数が限られているため,アカデミックの研究者はEUVレジストの性能評価すら難しい状況にある.我々はEUVと同じく電離放射線であり描画装置の普及している電子線(EB)に着目し,EBを用いてEUVレジストの性能を評価する手法の確立を目指している.本記事では全面露光に対する感度予測法の実証と,パターニング露光に対する感度予測法の応用について述べる.
「パルスラジオリシス法を用いたレジスト材料の放射線化学初期過程の解明と応用」
岡本 一将,古澤 孝弘(阪大産研) [PDFファイル]
EUVリソグラフィ技術が半導体量産に向け遂に導入されようとしている.使用されるレジスト材料の性能は, 将来的なパターンサイズ縮小の実現に向け,最も重要なファクターの1つである. 我々が行ってきたパルスラジオリシス法は,EUV・電子線など電離放射線露光後のレジスト放射線化学反応を明らかにする強力なツールの1つである.本研究では,主に化学増幅型EUVレジストを想定した系におけるパルスラジオリシスの最近の結果を解説する.また,パルスラジオリシスの結果から予想したラジカルカチオンからの脱プロトン反応の促進に基づく酸生成促進剤によるレジスト性能の向上方法について述べる.
「イオンビーム照射レジストに対する湿潤オゾンによる除去」
堀邊 英夫(大阪市大) [PDFファイル]
ポリマー(ノボラック系ポジ型レジスト,ポリビニルフェノール, PVP)に異なるイオン注入条件(イオン種(B,P),注入量(5×1013 個/cm2,5×1014 個/cm2,5×1015 個/cm2),加速エネルギー(10 keV,70 keV,150 keV))にて照射したサンプルについて湿潤オゾンにより除去性を検討した.イオン注入量の増加にしたがい,ノボラック系ポジ型レジストの除去性が低下し,これはレジスト変質層の塑性変形硬さが増加したためと考えられる.Bイオンが注入されたレジストはPのものよりも高速に除去された.SRIM2008より,Bイオンはレジスト奥深くまで侵入し,レジストに与えられるエネルギーが分散するため,レジスト表面の変質度合いがPの場合より低くなるためと考えられる.加速エネルギーが10 keV,70 keV,150 keVの順でレジストは除去されにくくなった.加速エネルギーの増加にしたがいレジスト変質層の塑性変形硬さが増加したためと考えられる.微小押し込み硬さ試験とレジスト除去結果より塑性変形硬さが未注入レジストの5倍以上であると湿潤オゾンによる除去が不可能となり,2倍以下では未注入レジストとほぼ同様に除去可能であった.高濃度オゾンを用いることでレジスト除去時間は短くなった.オゾン濃度を30 vol%にすることにで,10 vol%では除去できなかったP,Asイオン注入レジスト(70 keV,5×1014 個/cm2)が除去可能となった.30 vol%での除去は,Bイオン注入レジストは表面からの溶解と基板界面からの剥離の両方であり,P,Asは剥離のみであった.イオン注入量の増加にしたがいPVPのベンゼン環及びOH基の変質度合いが増加し,除去されにくくなった.また,イオン注入PVPの湿潤オゾンによる除去は,ベンゼン環の濃度よりもOH基の濃度に依存することが明らかになった.
展望・解説
「三重項-三重項消滅を用いた光アップコンバージョン:イオン液体を溶媒とした試料の開発,特長,および光物理特性」
村上 陽一(東工大) [PDFファイル]
太陽電池,光触媒,光合成を含む幅広い光エネルギー変換系では,各材料に固有な閾値エネルギーよりも低エネルギーの光子群(閾値波長より長波長の光)は未利用であり,これが光エネルギーの利用効率に根本的な制限を与えている.このような未利用な低エネルギーな光子群を,利用可能なより高いエネルギーの光子群に変換するのが,光アップコンバージョン(UC)である.近年,太陽光のような低強度光にも適用可能な方法として,有機分子の三重項-三重項消滅(TTA)を用いる方式(TTA-UC)が注目を集めている.本稿では,筆者らが進めてきたイオン液体を溶媒に用いたTTA-UCについて,試料の開発,その特長,および光物理特性の概要を示す.
「原子核乾板技術の進化と展開~デジカメ時代を生き抜くアナログフィルム~」
長縄 直崇,福田 努,北川 暢子,小松 雅宏,森島 邦博,中 竜大,中野 敏行,西尾 晃,六條 宏紀,佐藤 修(名大),木村 充宏,歳藤 利行(名古屋陽子線治療センター) [PDFファイル]
宇宙線・原子核・素粒子物理学の研究において数々の発見をもたらしてきた原子核乾板をとりまく状況が現在,激変している.第一に,筆者等の研究室において,ユーザーであった素粒子の研究者自らがその開発,製造を行えるようになったこと,二つ目に,原子核乾板に記録された素粒子等の荷電粒子の飛跡の自動認識において桁違いの高速化が成し遂げられたことがある.これらの変化により,近年主要な対象であったニュートリノ研究やガンマ線天文学などの素粒子・宇宙線物理学はもちろん,医療,そして超大統計を要する宇宙線によるピラミッド等の大規模構造物の透視のような新しい分野にも知を提供していく土台が構築された.そしてその対象の数,提供する情報量共に,加速度的に増大し始めている.そして三つ目に,暗黒物質粒子の探索のために全く新しい超微粒子原子核乾板が誕生し,周辺の研究を刺激している.更にそれを用いた超高分解能低速中性子検出器も生まれ,基礎科学,応用の両方での使用が期待されている.本稿ではそれらの状況と展望を報告する.
とぴっくす
「複合量子ビーム超高圧電子顕微鏡を用いた複合照射による無機ナノ構造の形成とその場観察」
柴山 環樹,渡辺 精一(北大) [PDFファイル]
電子顕微鏡の照射系に収差補正装置を適用し観察対象の原子サイズ以下の極限まで電子ビームを絞るプローブコレクターと高精度の電子エネルギー損失分光器を備えた走査透過型電子顕微鏡(STEM/EELS)が実用化されてから,瞬く間に最先端の研究ツールとして世界中の様々な分野に導入され多くの成果をあげている.一方,超高圧電子顕微鏡は,日本と韓国以外では新しい装置の導入がなされていないが,それらによって全て置き換わるとは考えていない.なぜなら,例え収差補正装置によって非弾性散乱電子を除き厚い試料のボケの無い観察がある程度で可能になったとしても,200 kV-300 kVでは透過が難しいほどの厚い省の場合は,1 MVを超える高い加速電圧を有し,試料室周りの自由度が高く原子レベルの分解能を有する超高圧電子顕微鏡は,今後もその場観察やオペランド観察が行える顕微鏡として重要な役割を担うと考えられる.そこで,本学の複合量子ビーム超高圧電子顕微鏡について紹介するとともに複合量子ビーム超高圧電子顕微鏡を用いた複合照射(イオンビーム,電子線,レーザー)による無機ナノ構造の形成とその場観察について紹介する.
受賞
「放射線化学によるポリマーフィルムへの金属ナノパターン形成」
山本 洋揮(量研高崎) [PDFファイル]
放射線化学によるポリマーフィルムへの金属ナノパターン形成」というタイトルで日本放射線化学会より放射線化学賞を受賞した.光学吸収分光法や電子顕微鏡などを使って,電子線照射によってポリマーフィルム中で形成される金属ナノ粒子の形成機構を調べた.還元剤を使用することなく,金属イオンを含有したポリマー薄膜に電子線照射後,加熱するだけで金属ナノ粒子を含有した微細パターンを直接的に形成することを発見した.本受賞の対象論文となった「H. Yamamoto, T. Kozawa, S. Tagawa, M. Naito, J.-L. Marignier, M. Mostafavi, J. Belloni, Synthesis of Metal Nanoparticles and Patterning in Polymeric Films Induced by Electron Beam」の解説,主にポリスチレン膜中での銀ナノ粒子の合成とその形成機構,および金属含有ポリマー微細パターンについて述べる.
放射線利用紹介
「タングステン繊維を用いた放射線遮蔽材の開発」
津田 泰志(東邦金属(株)),今井 重文,熊谷 純(名大) [PDFファイル]
非常に硬く密度の大きい金属タングステンをΦ50 μmのワイヤーに加工し,ニット編みして金属タングステンだけからなるしなやかなタングステンメッシュ生地を作成してその遮蔽能を測定したところ,測定した線減弱係数をメッシュ生地の密度で割って得られた質量減弱係数は,タングステンのそれと一致した.そのメッシュ生地を重ね縫製して放射線遮蔽服を作成し,福島県飯舘村の避難困難区域付近でフィールド試験を行ったところ,約35 %の遮蔽率が得られた.タングステンメッシュを複数枚積層して圧着させ,フレキシブルで鉛より密度の高いタングステンフレキシブルシートが得られ,鉛遮蔽材の代替品として期待される.
討論会の話題から
「紫外線マイクロビーム細胞照射]{ガラスキャピラリー光学系による紫外線マイクロビーム細胞照射システムの開発:微小距離でのプロファイル測定とエネルギー評価」
河村 俊哉,金 衛国(東邦大),池田 時浩(理研) [PDFファイル]
「銀添加リン酸塩ガラスにおけるラジオフォトルミネッセンス(RPL)中心形成過程のRPLの温度依存性による探究」
川本 弘樹(東北大) [PDFファイル]
「二酸化ウランの酸化的溶解反応に対する過酸化水素の濃度効果」
熊谷 友多(原子力機構) [PDFファイル]
「置換基導入によるジアリールエテンの熱開環反応の制御」
佐藤 雄太,北川 大地,小畠 誠也(大阪市大) [PDFファイル]
「DDS構築へ向けた電子線グラフト重合によるpH応答膜の作製」
三上 翔平(早大) [PDFファイル]
「真空内微小液滴への重イオン照射:前方散乱イオン相関測定法による生成イオン質量分析の高度化」
水谷 汐里,間嶋 拓也,北島 謙生,斉藤 学,土田 秀次(京大) [PDFファイル]
海外レポート [PDFファイル]
18th International conference on positron annihilation(ICPA-18)報告 平出 哲也(原子力機構)
7th Asia Pacific Symposium on Radiation Chemistry(APSRC-2018)参加記 于 暠(東大)
ニュース [PDFファイル]
「量研に量子生命科学領域が発足」 藤巻 秀(量研)
「第62回放射線化学討論会・2019放射線化学若手の会夏の学校のご案内」 泉 佳伸(福井大)
「APSRC2020のお知らせ」 前川 康成(量研)
本会記事 [PDFファイル・これ以降全て]
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